山下達郎について(前編)

いちばん最初に買ったシングルが大瀧詠一『幸せな結末』で、アルバムが山下達郎『COZY』だなんて人、俺以外にこの世に存在するんだろうか。これマジで一生自慢していくつもりだかんな。というわけでGRAPEVINEに引き続き、愛が止まらないシリーズ山下達郎編をやっていく。クソ長くなりそうなので前後編。

CIRCUS TOWN(1976)

CIRCUS TOWN (サーカス・タウン)

シュガーベイブ解散の憂き目にあった達郎のソロデビュー作。グルーヴィーな演奏、洗練されたサウンド、今となっては聴くことができない荒削りでザラついたボーカル。やばい。早くも語彙力を喪失するレベル。ネバヤンとかヨーギーとか聴いてるティーンに聴かせたら普通に気に入るでしょコレ。海外で録音されたとか、本人が選定した一流ミュージシャンが参加してるとか、そういう上っ面の情報とか抜きにして今でもバリバリ通用するクオリティだから溜息が出る。ていうかなんでバンドで一度失敗した実績もないミュージシャンにこれほどの予算が与えられたんですかね。当時の音楽業界がそういうものだったのか、それとも山下達郎という才能を見い出した何者かによる文芸保護だったのか。まぁ今となってはどうでもいいや。

最近はアルバムラストを飾る2曲がすごく好き。『迷い込んだ街と』のアウトロで暴れまわるエレピ、『夏の陽』の若々しいシャウトは必聴。『夏の陽』の歌メロなんて一歩間違えば三波春夫なんだけど、ボーカルも含めたサウンドクリエイションで無理やりミドルオブポップに落とし込んでて笑っちゃう。

SPACY(1977)

SPACY (スペイシー)

冒頭に『LOVE SPACE』、中盤に『DANCER』、ラストに『Solid Slider』といったキラーチューンを配した2ndアルバム。たぶんこの3曲だけでアルバムの予算の半分以上かかってるんじゃないかと。若い頃はあんまり聴くことがなかった『DANCER』が今ではいちばん好きかなぁ。息がつまるような緊張感がたまらない。ライブでこの曲を演奏したときに作詞エピソードを語ってくれたことがあって、それを踏まえて聴くと色々と思うところがある。

脇を固める他の曲もじっくり聴いてみるとアレンジが面白かったり多重コーラスが美しかったり地味ながらいい仕事してて、たとえるなら落合監督の頃の中日ドラゴンズ打線みたいな感じ。『LOVE SPACE』がタイロンウッズ、『DANCER』が福留、『Solid Slider』が和田かな。わぁ分かりやすい。和田の場合、月に照らされ何が光るんですかね。ドラゴンズといえばルーキー石川が守備打撃ともにめちゃくちゃ良くて羨ましい。根尾は焦ってるだろうなぁ。

話が大幅にそれた。このアルバムジャケットって超かっこいいよね。このLPジャケットが部屋にあるだけでモテそう。あと『FOR YOU』も。

GO AHEAD!(1978)

 GO AHEAD! (ゴー・アヘッド! )

こちらのジャケットについてはノーコメント。

ライブアルバム『It's a Poppin' Time』も含めてセールス的になかなか奮わず、背水の陣で臨んだらしい3枚目のスタジオアルバム。Todd RundgrenCurtis MayfieldPhil SpectorThe Isley Brothersがみんな転生して一人の日本人になったら、というコンセプトアルバムです。嘘です。

ド定番だけど『Bomber』のベースラインはやっぱり何度聴いてもカッコいい。問答無用でアガる。いまだに歌詞の意味はよく分からんけども。ところで、「ボマー」と発音するべき単語を「ボンバー」として広めてしまった元凶は誰なんだろう。

『LOVE CELEBRATION』はネットに転がってるライブ音源がアホほどカッコいいのでそっちを聴くのがオススメ。ていうか達郎のライブはマジで引くほどエグいので、大袈裟な言い方をすれば山下達郎という音楽家に興味がなくても一度は経験しておくべき大衆文化の一つの到達点だと思う。言いたくはないけれど、そう遠くない将来、いくら金を積んだって見れなくなる時は必ずやって来てしまう。無理矢理にでも誰かを連れて行きたくなる、そういうライブをやる人というのは決して多くはない。

MOONGLOW(1979)

MOONGLOW (ムーングロウ)

オリコン最高位20位と、いよいよブレイク間近に迫った4thアルバム。ただ、ジャケットも地味だし、時系列的に『GO AHEAD!』と『Ride On Time』というインパクトの強い作品に挟まれてるし、有名曲も収録されていないし……てことでディスコグラフィの中でも微妙な立ち位置に置かれることの多い一枚。

個人的には『COZY』の次に手に入れたアルバムだったので中学生の頃によく聴き込んでたっけ。『MOONGLOW』というタイトルで、実質的な表題曲として『永遠のFULL MOON』があるわりに、『SUNSHINE-愛の金色-』とか『愛を描いて-LET’S KISS THE SUN-』なんて曲もあったりして、昼夜どうなってんのっていうのは当時から思ってた。

山口百恵のラストコンサートを収録したライブアルバム、槇原敬之『Such a Lovely Place』『Listen to the music』あたりが当時のヘビーローテーション。BSで放送された「槇原敬之デラックス」という特番がめちゃくちゃシュールでVHSに録画して何度も見ていたんだけど、中3の夏に友人から借りたAVを上書きダビングしてしまったのだった。それはそれで繰り返し見て『HOT SHOT』したから後悔はないけども。うん。葵みのりにはお世話になったなぁ。なんかの作品で名前を聞かれたシーンで本名を答えてしまった(もちろんピー音で消されてた)のが最高に可愛かった。達郎の話しろ。

Ride On Time(1980)

RIDE ON TIME (ライド・オン・タイム)

CMタイアップ、さらには本人がCM出演まで果たして盤石のプロモーション活動を敢行。予算もたっぷり使ってリリースされた5作目は見事オリコン1位を獲得。知る人ぞ知るポップス職人が、いよいよ茶の間にも知られる国民的ミュージシャンへと上り詰めたマイルストーン

冒頭2曲、『Someday』と『Daydream』が、もうとにかく日本ポップス史に燦然と輝く大大大名曲で悶絶してしまう。どちらも吉田美奈子による歌詞が良いんだよなぁ。『Someday』は都市に暮らす人の孤独感と希望を描いた文字通りのシティポップなのだけど、時代や聴衆に流されずに良質な音楽を作り続ける彼らの音楽家としての心境も内包しているように思える。いつかこの音楽はどこかの誰かに届くのだ、と自分を奮い立たせているようで、海外でも多くのポップスマニアが山下達郎を敬愛して止まない現代にこの曲を聴くと思わず泣けてきてしまう。『Daydream』は数々の色が登場する歌詞同様、サウンドも極彩色で果てしなく鮮やかで心地よい。サチモスの新曲です!つっても違和感ない。おかしいだろ。40年前の曲だぞ。40歳のオッサンを「さっき生まれた赤ちゃんです!」って紹介して違和感ないのと同じことだぞ。頭おかしくなるわ。

それにしても、この2曲に『SILENT SCREAMER』『RIDE ON TIME』が続くA面って、あらためてとんでもないレコードだな。当時このレコードを初めて聴いた人はマジで腰が抜けたと思う。

FOR YOU(1982)

フォー・ユー

鈴木英人によるジャケットがあまりにも有名な6thアルバム。邦楽史上最高の名盤を議論する際、はっぴいえんど『風街ろまん』、荒井由実ひこうき雲』、YMO『Solid State Survivor』、小沢健二『LIFE』、椎名林檎無罪モラトリアム』あたりと並んで必ず候補に上がるマスターピース

当時のアナログレコーディング環境の充実、商業的成功を収めたことによる時間的・経済的な余裕、ライブツアーを重ねて熟成されたボーカリゼーションとバンドアンサンブル、それらポジティブな要素が渾然一体となって、もはや『Sparkle』のイントロ数秒だけで凡百のアルバムを超越すると言っても過言ではないと思う。いやマジで。東京オリンピックの開会式で『Sparkle』のカッティングギターかき鳴らしながら達郎が颯爽と登場するシーンを夢想してニヤニヤしてしまう人を集めて飲みに行きたい。飲めないけど。

もうね、「この映像に合うようなビールのCMソングを作ってくれ」って広告代理店から依頼されて、踊ってる女性のステップに合わせてリズムを刻んだら『LOVELAND, ISLAND』という超ド級の名曲が生まれちゃうっていう、そういう神懸かり的な時期なわけ。ビートルズ後期のポールマッカートニーみたいな状態。都会的で大人っぽい名バラード『FUTARI』、海外人気の高いファンクナンバー『LOVE TALKIN' (honey it's you)』、ライブの最後に演奏されることでお馴染み『YOUR EYES』、本当にどれもこれも名曲ばかり。オノマトペ大臣『サマースペシャル』のサンプリング元である『MUSIC BOOK』なんて普段はさらっと聴いちゃうことが多いけど、これまた最高じゃんね。多幸感のあるリズム、キラキラとした陽射しのようなカッティング、爽やかなコーラスワーク、間奏のトロンボーンソロ、何もかも完璧。「山下達郎ってキャリア長くて作品もたくさんあるし、どれから聴いたら良いのか分かんない」って人は、ベストアルバム『OPUS』、ライブアルバム『JOY –TATSURO YAMASHITA LIVE–』、そしてオリジナルアルバム『FOR YOU』から入っておけば間違いない。

MELODIES(1983)

 MELODIES (30th ANNIVERSARY EDITION)

前年に自身初のベストアルバム『GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA』をリリース。そして30歳を迎えた節目の年に発表した記念すべき7thアルバム。ていうかここまで20代だったことがあらためて信じられない。妖怪かよ。

「夏だ!海だ!タツローだ!」というコピーまで生まれて、すでにリゾートミュージックの代名詞となっていた達郎が、時代の寵児になることを放棄して本来の自己表現に勢いよく舵を切ったのが本作。「あ、これあかん、流行り物として消費されて数年後には忘れ去られるパターンのやつや。ここらで路線変更せな」って本人が言ったかどうかは知らんけど、だいたいそういう流れ。この辺の経営者的な感覚が凄いよなぁ。で、その結果、『クリスマス・イブ』という自身最大のヒット曲が生まれるんだから何があるか分からない。

それにしても『クリスマス・イブ』の奇跡的な完成度の高さよ。これだけ毎年シーズンソングとして扱われていながら、少しも擦り減らないどころか、むしろ聴くたびに音楽の美しさを実感させてくれる。ポップミュージックとしての耐久性が異常。音楽に対して「タフだなぁ」と思うのはこの曲くらい。(((さらうんど)))のXTALがこの曲に関して興味深い考察を投稿していたので一部引用してみる。

日本に生まれ落ち欧米の大衆音楽に魅せられた山下達郎が、そのスタイルを借りながら、音楽の奥底にある感情に作用する核を掴み、聴き手の心を震わせているのだとしたら、クリスマス=借り物の喧騒の中で、だが確かに感じる孤独の感情、という状況が設定された「クリスマス・イブ」は、山下達郎の音楽の魅力を最も伝える楽曲となったのではないか

 

XTAL

山下達郎コンサートを観て考えたこと

http://www.xtal-jp.com/text/719/

そう、この世のものとは思えぬほど美しい多重アカペラコーラスのように、この曲自体もまた多層的な側面を持っている。それは山下達郎という一人の音楽家の魅力に止まらず、ひいては日本ポップス史という巨大なテーマにも到達し得ると思う。

あまりにも長くなるので他の曲については割愛しようかと思ったけど、せめて『メリー・ゴー・ラウンド』だけは触れておきたい。緻密な構成とリズムセクションのダイナミズムが呼び込む音の洪水。達郎ファンクの最高峰。『JOY –TATSURO YAMASHITA LIVE–』に収録されているライブテイクは11分を超える熱演で合法的にトリップできるので全人類が聴くべき。

前編まとめ

次回の愛が止まらないシリーズは葵みのりをやりたい。