槇原敬之が1996年にリリースした6thアルバム『UNDERWEAR』に『PENGUIN』という楽曲が収録されている。シングルカットやタイアップとは縁のないアルバム曲ゆえに一般的な知名度はほぼないものの、コアなファンからは屈指の人気を誇る「隠れた名曲」だ。自分もそれについて異論がない。そう思っていた。少し前までは。
足りない。「隠れた名曲」なんて生ぬるい称号、とてもじゃないけれどこの曲と釣り合っていない。国民的名曲はおろか、日本のポップカルチャー、芸能史、文化史に燦然と輝く金字塔として後世まで語り継がれるべき大傑作。それが今のこの曲に対する僕の真っ当で正当な評価だ。以下、その理由を白日に晒していく。
イントロ。シンセサイザーのキラキラとしたシーケンス音と盟友・小倉博和による躍動感のあるアコースティックギターが刻む16ビートのリズムで心地よく幕を開ける。キーは代表曲『どんなときも。』と同じF♯メジャー。開始10秒足らずで、もう名曲の予感しかしない。
24秒あたりから挿入される印象的な民族音声は、多種多様なアジアンサウンド&フレーズを収録しているサンプリングCD『HEART OF EAST』から『SINGING - Tibetan Man』を引用。坂本龍一を敬愛しているマッキーのことなので、教授の大名曲『Tibetan Dance』にあやかってチベット要素を放り込んだのかなぁ、なんて想像してみたり。そして美しいコーラスワークを抜けてようやく辿り着く最初の歌詞が
製鉄所のコンビナートは赤と白の市松模様
君に見せるつもりだったロケットの模型と同じで
これ。やばくないか。だってもうこれだけで文学じゃん。そんなんありかよ。
視界に映る風景から心情風景への鮮やかすぎる移行。関係がすでに終わってしまっていることを示唆させる手際の良さ。完璧。あまりにも完璧。赤と白の市松模様のコンビナートもロケットの模型(たぶん「タンタンの冒険」の宇宙船)も、どっちもまるっきり一般的じゃないのが凄い。普通さ、ラブソングって人々の共感を得るために最大公約数的な、いわゆる「恋愛あるある」だったり、歌い手のダイレクトな心情だったり、あるいはもっと抽象的なところから始まるのよ。
君よずっと幸せに 風にそっと歌うよ
風の強さがちょっと 心を揺さぶりすぎて
悩んでる身体が熱くて 指先は凍えるほど冷たい
泣かしたこともある 冷たくしてもなお 寄り添い合う気持ちがあればいいのさ
これがラブソングの王道の始まり方じゃん。だいたい自分がどんな境遇にいるとか、どんなこと相手に思ってるとか、そういうことじゃん。それがなんだよ
製鉄所のコンビナートは赤と白の市松模様
君に見せるつもりだったロケットの模型と同じで
って。興奮しすぎて2回も書いちゃったよ。この一歩引いたところから俯瞰してる客観的な感じと、めちゃくちゃパーソナルなワードを入れ込んでくる超主観的な感じ。この時点でもう鳥肌が止まらない。まるで自分が主人公の映画を見ているような魔法をかけられる。それはそうと、『PENGUIN』ってタイトルの曲の第一声が『製鉄所のコンビナート』なことあるかよ。
もう君にも見せることもないし
この道も二人じゃ通らない
話もしてキスもしたけど出会わなかった二人
ない、ない、なかった。諦念を感じさせるやるせなさ。「続かなかった」でも「結ばれなかった」でもなく、「出会わなかった」という表現に宿る残酷さ。ずっとメジャーコードの明るい曲調で進行してきて、この「出会わなかった」のところにこっそりとマイナーコードが差し込まれてるの、いかにも槇原で「あーもう!」って感じ。
で、それらを歌い上げるメロディは抑揚が抑えられていて平坦。ポエトリーリーディングとまではいかないまでも、やはりどこか純文学の朗読のような淡々とした印象。しかしサビに入るとメロディは一気に高音域へと駆け上がり、大きな跳躍が連続していく。まるで心の中に押さえ込んでいた強い感情が爆発するかのように。
誰も許してくれないなら一緒に逃げようって泣いたよね
南極なら君と僕とペンギン
悪くないねってちょっとだけ笑ったよね
なんて切なくて可愛くて美しい歌詞だろうか。この曲を初めて聴いたとき僕はまだ小学生で、許されない恋というものはいまいちピンときていなかった。親同士が仲悪いとかそういうこと?みたいな想像をしてたんじゃないかと思う。もう30年前のことか。当時、同性愛に対する世間の目が今とは比べ物にならないほど厳しかったことなんて知る由もなかった。
長い時を経て、先日こんなことを知った。
ペンギンの世界では、同性同士でつがい(ペア)を形成する行動が自然界および飼育下の両方で広く確認されています。特にオス同士のペアが有名で、彼らは通常の異性ペアと全く同じように強い絆で結ばれ、育児放棄された卵を温めたり、他のペアから譲り受けたヒナを愛情深く育て上げたりする事例が世界中の水族館や動物園で報告されています。
読んだ瞬間、この記事を書こうと思った。別にこの曲がゲイソングだと声高に叫ぶつもりもないし、僕自身が許されない恋をしてるわけでもない。ただただ、「悪くないね」とちょっとだけ笑った二人がたまらなく愛おしくなったから。そしてたとえ二人がどんなに強い絆で結ばれようと、それを許さない世の中がたしかに存在していたことは事実で、いくぶん寛容(という表現は適切ではないのだろうが)になったとはいえ今もまだ存在しているし、この先もなくならないかも知れない。だからこそこの曲が後世まで語り継がれるべき大傑作だと主張しなければならないと思った。性別や年齢や国籍を問わず、誰かが誰かを愛して寄り添うことを否定する世の中が存在する限り、この曲は「隠れた名曲」であってはならないと、心の底から思った。
この曲は構成も少し変わっている。いわゆる「Aメロ→Bメロ→サビ」ではなく、「Aメロ→A’メロ→サビ→A"メロ」のように、基本となるAメロを少しずつ変化させてループさせていく変則的な構造だ。これによって運転中の情景描写と心象風景が淡々と連続していく効果を生んでいると思う。1番も2番も、サビ後のA"メロにあたるフレーズは
今でも時々思い出しては
連れ出さなくて良かったことも
愛していたのもホントだったと笑ってる
で締めくくられている。最後の「笑ってる」もマイナーコード。サビの「ちょっとだけ笑ったよね」はメジャーコードで、ここの「笑ってる」はマイナーコード。つまり気持ちも時制も音楽理論もコントラストになっている。ちょっともう、どこまで‥‥
本当は2番の歌詞も全文引用しようと思ったのだけど、えらい長文になってしまったし語彙力が崩壊したので最後に一言だけ付け加えて終わろうと思う。
天才の所業だよ。
















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